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【第5回】福島県白河 ニジマス|養殖業への強い信念 旨い魚から伝わる
魚のことならお任せ ウエカツ水産&魚屋 ニシガタ ニッポンの魚“ニジマス”を堪能す!
人間性溢れる養殖魚で負のイメージを払拭
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上田(以下U)「福島の山奥に、日本一の養魚場があるらしい」
西潟(以下N)「え、釣り堀の魚料理なのかよぉ…」
 養殖魚の、人工餌特有の匂いが嫌いだった。淡水魚の、それもニジマスと聞けば、申し訳ないがイヤな顔は隠せない。
「今の養殖魚を、バカにしちゃいけないよ。広大な敷地で、頑張っている人たちがいるんだ」
 半信半疑でクルマへ乗り込み、東北自動車道をひた走る。前方に雪の那須岳が見えてくると、なにやら嬉しい予感もしてくる。大自然に囲まれて、どんなニジマスが育っているのだろう。
 たんぼ道は迷路のようで、カーナビは「目的地周辺です」を繰り返す。しばらくして小さな看板を見つけ、先へ進むと大きな門がある。その奥の建物がコテージ風の事務所になっていた。
 静かな口調に、養殖業への強い信念が漂う。笑顔には、押さえきれない夢が溢れる。
「林養魚場」副社長、林総一郎さん(41)の話を聞いていると、一刻も早く「メイプルサーモン」が食べたくなってくる。養魚場内の視察を終えたら、「にじます亭」の座敷へ直行だ。
「池から揚げて、締めたばかりなンです。ホントは、しばらく置いた方がよいのですが…」
 謙虚に微笑む、その様子からも、よほどの魚好きがわかる。真っ先に出された料理は、刺身だった。濃い橙色が、3ミリほどの厚さに切られている。1枚をハシでつまむと、ネットリとたわむ。海の白身なら、ピンと立つところだ。
 醤油も付けず口に入れ、味を探る。舌の味蕾を総動員させて、神経を集中させるも、まったく養殖臭がしない。爽やかな甘みは、熟成した果物を食べているようだ。白い脂に縁取られた、腹下を食べてみる。初めて味わう、ニジマスの大トロだ。ここにも、あのイヤな匂いがない。
「私、養殖サーモンって苦手だったんです。これって全然違いますよ、美味しい!」
 ダイワの釣りインストラクター嬢、小堀友理華(27)も感嘆する。
「神経締めをしたら、身質はもっと向上するでしょう」
 首骨を切って氷漬けにする野締めより、神経締めは死後硬直までの時間を延ばす。川魚のデリケートな身質が、生きている状態で保たれるわけだ。
 料理は薄切りの冷燻製に移行して、また素晴らしい。林氏が自ら試行錯誤した結果というが、苦労話にも笑顔が伴う。
「養殖魚には、育てる人の人間性が出るんだねぇ」
 素知らぬ顔して、U氏は名言を呟いた。
「今は一流レストランが主な顧客ですが、一般家庭にも普及させたいですね」
 林氏は強い意気込みほど、静かに話す。温燻製・ます丼と、多彩なご馳走にすっかり満足。
「オレたちの料理は?」
「そうだ、釣らねば。なぁに釣り堀だぜ、何匹いる? 」
 U氏は、ルアー竿を手にフィッシングエリアへ急ぐ。自信に満ちた背中を見送り、N(私)は町へ向かう。野菜などの食材を、調達せねばならない。
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林’養魚場での養殖方法にじっくりと耳を傾ける西潟氏。
(左) 輸入した卵を孵化させているところ。
(右) 体調15センチ程度の養魚にエサを与えている。
マスの旨さを引き出す正統流の上田料理
 釣り堀にしてやられた、と悔しそうなU氏。2キロ超えの「メイプルサーモン」はおろか、釣果はややがっかり。しかし料理は翌日、U氏宅の厨房で始まった。
◎醤油洗い
「一般に養殖魚は、餌料による匂いを受けやすい。淡水魚は、これにジオスミン臭が加わるんだな」
 ジオスミン臭とは、水中の放線菌や藍藻類などが発生させるカビ臭のこと。U氏は醤油に漬けるのではなく、さらりと洗うことで匂いが軽減されるという。
 白髪ネギをふんだんに用意して、丼飯に敷く。その上に、醤油洗いしたニジマスの切り身を並べていく。最後に貝割れダイコンを乗せて、出来上がり。
「漬け丼は食べ慣れているが、サラダ感覚がいいね」
「洗ったら、醤油を切る。これがコツ。養殖魚料理には、覚えとくといいよ」
◎塩煎り
 ニジマスの切り身を、酒と少量の塩で煮詰めていく。ゆっくりと、スプーンで煮汁をかけながら煮詰める。煮汁がなくなるころ、いい塩梅になっていた。
「山陰では、ニギスやカレイを使う保存食だ。冷やしても旨い」
「少量の塩が身肉へ染みこむんだね。虹色が益々よみがえって、美しい!こりゃ酒の肴だよ」
酒の肴にピッタリ簡単流の西潟料理
 酒造元から1キロ300円の生酒粕を買ってきた。粕漬けの仕込みは前日に完了。もう一品は、U氏の包丁さばきからヒントを得た。
◎粕漬け
 切り身は皮付きのまま塩をふり、手でたたいて馴染ませる。1時間ほど置いたらガーゼを一重にして包み、酒粕に漬ける。翌日から1週間は、焼いて楽しめる。
◎湯引きサラダ
 開いた1枚に塩をふり、1時間ほど締める。皮を引いたら幅2センチほどのサクにして、さらに四角のサイコロ状にする。ザルに移して熱湯を注ぎ、表面が白くなったら冷水に浸す。
 器にサラダ菜を敷き、湯引いた刺し身を盛る。皮は焼き冷ましてから2センチの長さに切り、上に散らす。ドレッシングオイルをかけて、召し上がれ。

「メイプルサーモンは林養魚場のサラブレッドなんだ。釣り堀で求めちゃダメだよ」
「そうかぁ? 釣れなかっただけじゃないの」
 ともあれ手に触れ、料理し終えて、養殖魚のイメージが見事に覆された。餌料で大きくするだけの考え方では、養殖業に未来はないだろう。
 脂質や含有量もさることながら、餌料の酸化や劣化を防ぐ管理も大切だ。林氏は「これ以上は企業秘密です…」と言葉を濁すも、真っ直ぐな視線が印象的だった。
ニジマスの捌き方
 サケ・マス類は、扱い方を誤ると身崩れしやすいので、力の入れ過ぎに注意。また、肉間骨と呼ばれる小骨も多いので、丁寧に取り除きたい。
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台所用品の焦げ落とし用ステンウールで力を入れ過ぎないようにこすり、ウロコと一緒にヌメリを落とす。ステンレスのイオン効果もあり、臭みも取れるので一石二鳥。
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胸ビレの際から頭部を切り落とし、腹を肛門下まで開く。腹ワタを出したら、スプーンを使って血合い(メフン)を取り除き、水洗いして、水気をしっかり拭き取る。
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尾の方から頭部に向かって包丁を入れる。骨を探りながらだと川魚は身割れするので、大きな包丁で一気におろす。
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片身に残っている背骨を切り離せば、3枚おろしの完了。
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カマ部から腹下(ハラス)は、尻ビレを付けて細長く切り取る。
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サケ・マス類の中骨は、背骨から湾曲して身肉に食い込む(肉間骨)。開くと途中で切れて、身に残っているので1本ずつ、丁寧に取り除く。
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半身のでき上がり。料理によって皮は取り除く。皮と身の間に包丁を当て、皮を左右に動かしながら引っ張ると、きれいに皮がむける。
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西潟正人◎にしがたまさひと(文)
1953年新潟県生まれ。逗子市で地魚料理店「魚屋」を20年間営む。その後、東京新聞や日刊ゲンダイで連載の執筆や、TV旅チャンネル『漁師町ぶらり』のナビゲーターとして活躍。『釣魚料理図鑑I&II』(エンターブレイン)や『魚で酒菜』(小社)など著書多数。近著に『ウツボはわらう』(世界文化社)がある。
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