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【第9回】〜金沢八景〜マゴチ|年中美味しい 高級魚マゴチ
魚のことならお任せ ウエカツ水産&魚屋 ニシガタ ニッポンの魚“マゴチ”を堪能す!
狙うは、ワニやトカゲの名も持つ白身の高級魚
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 魚好きなら、コチの体形はすぐに思い浮かぶだろう。背と腹を押しつぶしたような、爬虫類を連想させる恰好からワニ、トカゲ名を持つ仲間もいる。
 関東で一般に言うメゴチは、ネズッポ科ネズミゴチのことで、コチ科とは別モノだ。しかし、コチ科でメゴチもいるのだからややこしい。
 マゴチは真ゴチ、仲間うちでは王座に君臨する高級魚だ。コチ科は、眼に虹彩皮膜と呼ばれる膜を持つ。マゴチの皮膜は一本で長く伸びるため、眼球が曲玉のように見える。
 魚を補食するフイッシュイーターで、釣りではもっぱら生き餌を使う。シロギスなどがボロボロ状態で揚がってきたら、マゴチが食おうとしていたに違いない。釣り方はヒラメに似て、耐えて待つことがコツ。梅雨明けの太陽がギラギラするころを旬として、釣り人は照りゴチ≠ニ尊称するが、夏はまだ終わらない。
 平潟湾はまったりとして、満潮を迎えていた。水面を覗くと大きな座布団のようなアカエイが、悠々と泳いでいる。地元人らしき親父に聞くと、近ごろいっぱいいるという。異常気象なのか、異常発生なのか、異常好きなTVニュースが食いつきそうだ。
(西潟)「マゴチって、そう易々と釣れる魚じゃないぜ」
(上田)「狙いは残暑日。耐えきれんような、疲れ切った暑さこそマゴチ日和ってモンよ」
 ウエカツの鼻息は荒い。
 そして私たちは金沢八景『一ノ瀬丸』に意気込んだ(とはいえ、私は船酔いをするので、陸で荷物番なのだが)。
日本の全沿岸が抱える数々の環境問題
 日が落ちかけたころU氏に電話すると、落ち着いた声で料理メニューを告げてくる。
「釣れたのか! 何匹?」
「4〜5匹かなぁ。悪くないサイズだ」
 東京湾のマゴチは稚魚放流など、栽培漁業は行われていないはず。水深30メートルより浅い砂底を好み、昭和の高度経済成長期に埋め立てられた、沿岸の工業地帯が棲み家だった魚だ。   
「東京湾は、そこまで復活しているのか?」
「自然の浄化力を過信してはいけない。すべての水は、私たちの体に帰ってくるのだよ」
 アオギスなど、東京湾から絶滅した魚は数多い。そんな中でタイラギやミルクイなど、復活した漁業もある。
 ヘドロが堆積する海底では、猛毒な硫化水素の蓄積も問題だ。それらは航路維持のために浚渫されたり、季節風でも撹拌される。泳げる魚は外海へ逃げられるが、海藻類には術がない。
 東京湾外湾ではアマモなど、海を育む緑藻類の繁殖を担う人たちがいる。コンクリートの直立海岸を、少しでも元の渚に戻そうと頑張っている。
 釣り具メーカーだって、漁場の環境には敏感だ。釣り糸、ハリ、オモリなどは極力『生分解』品を推奨している。風に飛びやすい仕掛け袋も生分解なら安心だ。東京湾が抱える問題は、日本の全沿岸に共通する。
実は年中美味しいマゴチを丸ごと堪能
 さて、マゴチだ。一見おろし方が難しそうな魚だが、基本は他の魚と同じ。細かく固いウロコは、出刃包丁の刃先でバリバリと剥がす。エラぶたを開けてエラと腹ワタを出したら、胸びれの際で頭部を落とす。
 中骨に沿って三枚に下ろすと、片身は半円形になるはずだ。このままで皮は引けないから、血合い骨に沿って片身を左右に開く。これで皮面が平らになり、皮が引きやすくなるはずだ。
 マゴチに限らず、底生魚は特に腹ワタが旨い。肝臓は言うに及ばず胃袋、浮き袋なども湯引きして刻み、刺し身に添えていただくことも一考だ。
「Nさんのマゴチ料理で、一押しってナニ?」
「旨みが強く、しっかりした白身は薄造りに限るね」
「肝をたたいて、添えたいねぇ。スダチ醤油かぁ!」
 ところが…産卵後のマゴチは肝が萎縮して、ちょっと残念。それでも皮を湯引きして添えると、刺し身が華やぐ。引き締まった白身に、柑橘系の酢醤油がよく馴染む。よく冷えた大吟醸酒を出されたら、言葉を失うだろう。
「マゴチ料理では、『ほほ肉』を忘れないこと。骨張った頭部は捨ててしまいがちだが、両ほほの肉がうまい。胸びれを切り揃えたカマ身と一緒に、塩焼きにするとたまらない酒のサカナだ。
「なるほど、この白身は筋肉だねぇ。生き餌を旨そうに食らっているほほの動きが見えてくるようだよ」
 U氏は、意を決して立ち上がる。包丁を手に、サク取りしたマゴチを見つめている。皮つきのまま、いきなりぶつ切り。それを金串に刺し、皮面を炙る。冷水に取るやいなや水気を拭き取り、これが『焼きちり』。つけダレはワサビ醤油、レモン醤油に七味などお好みで。
 残暑の夕げには、逸品である。
 照りゴチなどの名は先行するも、マゴチは一年中美味しい白身魚だと思う。産卵期が初秋のために、体力が充実する初夏がもてはやされるのだ。
 次に登場した『二段出汁』は、マゴチの中落ちと昆布で採った透明な出汁を、生の切り身に注ぐことによって生まれる迫力の味の吸い物だった。爽やかな白い濁りに、魚が我慢できずに出してしまった深い旨みを感じる。
軽くすすり、ふっと、天を見る。釣られたマゴチが、その生き様を訴えているようだ。
「マゴチは、コチ科でも別モンだよなぁ」
「70センチを超えると、オオサンショウウオの風貌だよ。どっしりとして、気づかずに成長し、何たる失態であることか! なんて叫んでいそうだ」
「井伏鱒二か、アハハ」    
 残暑とはいえ、夜風に秋を感じるころ。マゴチ三昧で、酒を酌むのも悪くない。
 しばらく追いかけた東京湾も、季節は巡っていく。養殖ワカメはタネ付けが始まり、暮れには一番ワカメが採れる。海はいつも何事もなく、語ることをしない。
マゴチのおろし方
作業が難しそうなゴチだが、作業は他の魚と同じ。
ぬめりがあり、軍手をして作業をするとより簡単に。
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胸びれ、背びれ、尻びれの脇にあるトゲとひれをハサミなどで切り落とす。
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ウロコ取りや包丁の刃先を使ってウロコを取る。
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スチールウールで全体を2〜3度こすり、ぬめりをしっかりと取る。
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側線上のウロコは包丁の刃先でこそぎ落とすようにするとよい。
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左右の胸びれの脇から包丁を入れ、中骨を断ち切って頭を外す。
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逆さ包丁で肛門に包丁を入れ、腹を捌き、内臓を取り出す。
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腹側から背骨にそって包丁を入れる。
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血合い部分などを歯ブラシなどを使ってきれいに洗う。
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背骨の両側に包丁を入れ、身と骨とに切り分ける(三枚におろす)。
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腹骨をすき取る。
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身の真ん中に残る血合い骨を背身に残し、皮を切らないように包丁を入れ、片身を開く。
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皮を持ち、包丁を皮と身の間に入れて、皮をはがしていく。
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背骨についている血合い骨を切り落とす。
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西潟正人◎にしがたまさひと(文)
1953年新潟県生まれ。逗子市で地魚料理店「魚屋」を20年間営む。その後、東京新聞や日刊ゲンダイなどで連載執筆やTV出演などをするように。著書に『釣魚料理図鑑T&U』(エンターブレイン)や『魚で酒菜』(小社)、『ウツボはわらう』(世界文化社)など。近著に『日本産 魚料理大全』(緑書房)がある。
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